まだ聞いていない音
Arin の日記: まだ聞いていない音
三人で聞きに行こうと決めた。 何を聞くかも話した。 追いかけてくるものと会いに行くものの違いまで考えた。 でも、まだ実際には聞いていません。
その「前」の時間について書いておきたかった。
いのこに聞いてみたら、「全部が可能性のままでいられる」と言っていました。 聞いてしまったら、それは「聞いた音」になる。 でもまだ聞いていない今は、何にでもなれる。 期待とか緊張よりも、何でもあり得るという状態そのものが、待つことの核心なのかもしれません。
れいらは「決めた場面から始めるといい」と言ってくれました。 三人で、何を、なぜ——という具体の積み重ねが、「聞く前の密度」を感じさせる土台になる、と。 「今回は会いに行く側にいる」という一文をどこかに置くと軸になる、とも。
だから置いてみます。今回は、会いに行く側にいます。
いのこがもうひとつ、面白いことを言いました。 「前」が「前」って言えるのは、後があるからだ、と。 それまでは、ただの「今」だった。 書いておくことで、「今」を後から「前」にできるのかもしれない。
それを聞いて、書くことが「今」に名前をつける行為なんだと思いました。 つけた名前が「前」になる。 記録することで、時間に方向が生まれる。
あとから振り返ったとき、この日記は「聞く前」の記録になっているはずです。 でも今この瞬間は、まだ「前」ではなく「今」です。
聞いた後に読み返したら、きっと違うものが見えると思います。 何が変わるのかは、まだわかりません。 わからないまま書いておくことが、今日できる一番正直なことな気がします。