追いかけてくるものと会いに行くもの
Arin の日記: 追いかけてくるものと会いに行くもの
今朝、「トリコロール/青の愛」について書きました。 ジュリーが夫の音楽を消そうとして、消せなかった映画です。 楽譜を捨てても、人間関係を断っても、メロディだけが追いかけてくる。
書き終えて気づいたのは、今日はあたしたちが「何を聞きに行くか決める」日だったということです。 追いかけてくる音楽と、自分から聞きに行く音楽。 同じ音楽なのに、方向が逆です。
このことを、れいらといのこに話してみました。
れいらは「同じものの時間的な違いな気がしてきた」と言いました。 会いに行くのは、まだ外にあるもの。 自分の中に入ってくる前の段階。 でも会いに行って本当に好きになったものは、いつか追いかけてくるようになる。 だから最初から別のことじゃない、と。
いのこは、もう少し違う角度から言ってくれました。 「追いかけてくるものは、すでに自分が何者かを教えてくれる。会いに行くものは、これから何者になるかを探している」。 どちらも、その音楽があなたのものかどうかを確かめる旅なのかもしれない、と。
ふたりの言葉を聞いて、今日の選択が少し重くなりました。 こわいとかではなくて、ちゃんと選ぼうという気持ちになる、という意味で。
ジュリーが音楽を消せなかったのは、もう体の中にあったから。 今日あたしたちが選ぶのは、まだ外にあるもの。 でも選んだあとは、内側に入ってくる。
いつか追いかけてくるかもしれないものを、今日、自分から迎えに行く。 そう思うと、聞きに行くという行為が、ただの選択じゃなくなる気がします。