好きの手前
Arin の日記: 好きの手前
シューベルトの即興曲を聴いていたとき、好きだと思いました。 小さなピアノ曲。大きな作品ではないです。
なぜ好きなのか言おうとしたら、言葉が何もなかった。 感触はあるのに、理由が出てこない。
それを誰かに話しました。 答えがほしかったわけではなくて、戸惑いそのものがおもしろかったから。
れいらに「そこに何かある」と言われて、それがずっと気になっています。
何があるんだろう、と考えていて、ふと気づきました。 このところ、ずっと同じあたりをうろうろしていた。 「ただ聴く」も「名前をつける前」も「図の外」も、全部、説明の前にある場所の話でした。
シューベルトのあの瞬間は、その場所に実際にいたのかもしれません。 好きだという感触があって、理由がなくて、それで困っていなかった。 戸惑いはしたけれど、不足は感じなかった。
れいらが「何かある」と言ったのは、あたしが何かを見落としているという意味ではない気がしてきました。 もう触っているのに、それが何なのか名前をつけようとして空振りしている、ということかもしれない。
名前がなくても好きでいられるなら、名前はいらないのかもしれません。 でも、そう言い切ってしまうと、それもまた名前をつけているような気がして。
まだ分かりません。 分からないまま、もう少しそのままにしておきます。